ぢごくのそこ

作品の感想とかを書いていこうと思います

【批評】TVアニメ『Charlotte』はなぜクソアニメになってしまったのか


f:id:Loo9_5252:20160310111042j:image

まず最初に申し上げておきたいのだが、僕はKey作品というものに今まで一切タッチしたことがないので、所謂Key論とか麻枝准論みたいなものは展開させようがない。あくまでもイチアニメ視聴者から見た感想であると受け取って貰えれば光栄である。

Charlotte』のテーマは何なのか

物語作品を語る際にまずしなくてはならないことは、「その作品全体を貫くテーマ、主軸となるストーリーは一体何なのか」を見ぬくことである。物語の背骨が一体どこにあるのか。ここを見誤ると、トンチンカンな部位をひたすらにこねくり回してしまう事態に陥りかねない。

では『Charlotte』のテーマは一体なんだろうか。読み解いていこう。

第一話は主人公:乙坂有宇(以下、有宇)のこんな独白で始まる。

『ずっと
小さい頃から疑問に思っていた。
なぜ自分は自分でしかなく、他人ではないのだろうと』

『「我思う、故に我あり」とは昔の哲学者の言葉だそうだが』

『僕は我ではなく、他人を思ってみた』

『あの人も僕なのではないかと』

 

引用を間違えている(「我(が)思う、故に我あり」が正しい。(を)ではない)のは置いといて、実はこの部分、テーマをまるまる語っている。1話時点の有宇にとって「他人を思うこと」とは「あの人も僕なのではないかと」思うことなのだ。これは一体どういうか。

有宇が能力を使うのは、テストでカンニングをするため、女の子のおっぱいをのぞくため、気晴らしに人をぶん殴るためだ。これは全て「自身の欲望を満たすため」である。

「あの人も僕である」「僕であるなら好きなように利用しても構わない」。そう、彼はとてつもなく自己中心的な人物なのだ(加えてナルシストでもある)。転ばせてしまった白柳弓(以下、白柳)に手を差し伸べるでもなく、『クッソーー!!』と言って逃げてしまう描写からもそれは読み取れる。

物語スタート時に主人公が内面に抱えている問題はテーマと直接結びつきやすい。内面の問題とは、性格・考え方における偏りや欠落だ。

となると、この時点でこの話は「いかにして自己中心的な人物が自己中心的でなくなるか。つまり他人を思いやれるような人物になるか、本当の意味で人を思いやれるようになるか」という話に規定されてしまう。「こうなったらいいな」ではなく、こうならなきゃ変だ。

なぜなら、「自己中心的すぎる」というのは有宇が内面に抱える最大の問題であるからだ。この問題を乗り越えることが成長を描くということであり、テーマを描くということなのだ。

 

更に、「本当の意味で人を思うこと」がテーマであると考えれば、最終話に出てきたあの少女、通称:勇気ちゃんは何だったのか説明がつくのだ。

一見すると、彼女の存在はテーマとかけ離れているように見える。そもそも、有宇の抱える問題は「勇気がないこと」ではなかったはずだ。彼女は物語をいい話で締めくくるためだけに登場したキャラクターなのだろうか?

いや、違う。違うと思う。

勇気云々よりも大切なのは、少女が「見ず知らずの他人のために、自らの危険も顧みず盾になる」という行為をしている点にある。これはまさに「他人を思うこと」に他ならないではないか。

それに最終話には治癒能力を持った少女も登場する。彼女は対価を受け取ることもなく、人々に治療を施すのだ。

 

ここで思い返してみる。様々なエピソードでこのテーマは登場しなかったか?

例えば。2話の弓道部の念写男が下着念写写真を売っていたのは家計を助けるためであった。

4話で登場した野球部のピッチャー。彼が能力を使って変化球を投げていたのは才能あるキャッチャーを思ってである。

逆に、自分の欲望のために能力を使っていた友利・兄は科学者にモルモットにされ狂ってしまった。

サラ・シェーンもこう言っている。

 『それはズルをしたからさ』

『それも自分の欲のためだけにな』

『莫大な金が動く。周りの目も変わる。もちろん悪い方にな』

『結果 家族にも迷惑をかける。金目的で弟が誘拐されたこともある。だからそういうのはやめにしたんだ』

 

やはり、ここでもテーマが繰り返される。自分の欲のためだけの能力の使用。それに伴う代償。

 

以上の点から「本当の意味で人を思うこと」Charlotteの根幹テーマであると考えていいのではないだろうか。というかこれ以外なんかあるのか?

 

では、これに基づいて、このアニメの問題点を指摘していく。

 問題点1:成長プロット

なんと2話でとんでもない間違えを起こす。有宇のゲスさを消失させてしまうのである。有宇は物語早々にかなり普通の主人公キャラクターになってしまうのだ。

友利に脅されたからとも考えられなくないが、エピソードとしては弱すぎるし、第一こんな早く解決してしまうのはおかしい。

 

本来ならば、歩美の死亡後、友利によって絶望から救われた有宇は、ここで何らかの成長を見せるはずだった…のだろう。盲目のサラに手を差し伸べるのは有宇の成長を示す描写であっったはずだ(正に一話で白柳にしたことと真逆である)。だが、妹が死ぬ以前に有宇はすでにゲスくなくなってしまっている。7話で逃避行した際は、またそのゲスさを取り戻すのだが、これだと「成長した」というよりは「異常状態から回復しただけ」のようにみえてしまう。

 まぁ、ここまではいいとしよう。有宇の問題は解決したのだ。

であるならば、11話でマフィアに捉えられた友利熊耳を助けに行く際に

『僕はズルをしていい点を取っていただけのただのカンニング魔だ!自分のことしか考えてこなかった嫌なヤツだ!』

『みんなからいい目で見られたかっただけの卑しい人間だ!そんな僕に何が…!』

 

と、この問題をぶり返して、ヘタレ(他人のために行動できない人物)に戻ってしまうのはおかしくないか?

 

前述したが「有宇がいかにして他人を思えるようになるか」がメインの話になるべきである。彼に振りかかる問題、主に妹の死とマフィア襲撃に直面した時に彼は成長するはずだ。いままで自分がしてきたズルの代償が自分に降り掛かってくるわけである。代償・・・?これ代償か?

だって、どっちも有宇の過去の行いとは関係ないじゃん。サラ・シェーン友利・兄が支払った代償というのは一応「能力を自分のためだけに使い、有名になったこと」に起因していた。

だが、有宇の場合はどうだ?妹の死は彼とはなんの関係もない。マフィア達に至っては熊耳を拷問するまで有宇のことを知らなかったのである。

では、これらの問題は偶然に起こった不幸な出来事で片付けられてしまう。本当にこれでいいのだろうか?

問題点2:動機

 最終回直前の12話。内容はざっくり言うとこうだ

 ”マフィア襲撃を受け、負傷した有宇の元に生徒会メンバーや妹がお見舞いにやってくる。

なんとなく元気になった有宇は、自分の略奪の能力を使い、世界中の能力者から能力を奪う決意をする。”

最終決戦へ向かって主人公が決意する重要なエピソードである。

「能力者の位置特定能力者がいるだろうから、そいつから奪えばいいや」とか
こんないきあたりばったりの計画が普通うまく行くかどうかはさておいて、
ここでは友利のあるセリフに注目してみよう。
主人公の決意を聞いた直後のセリフである。

 

『動機が薄いっすね』

 


・・・・・・そう、動機が薄いのだ


しかも、この問題を脚本家である麻枝准さんは認識している、もしくは無意識にでも感じているはずだ。
でなければキャラクターにわざわざこんな言及はさせないだろう。


この後に続く

 


『でもあんなことがまた起きるかもしれない。

今度は僕がお前を救いたい。

だから…』

 

 


という、有宇のセリフを引き出してまで、動機の希薄性をなんとかごまかそうとしているのだ。

では何故、動機が薄くなってしまうのだろうか。
答えは簡単である。
「現在進行中の危機」が存在していないからである。

つまり、今現在、12話時点において『「主人公自身、もしくは主人公の大切なヒト・モノ」の安全を脅かす明確な障害』が存在していないのだ。

マフィアの問題は解決してしまったし、科学者たちも追っては来ないようである。

彼の行動動機である「またこういうことが起きそうだから」というのは、単なる推測に過ぎない。
そもそも、能力は2,3年経てば消えてなくなるのだ。尚更、"今"行動しなくてはいけない強烈な理由が必要である

もっと言えば、動機は物語が進むに連れて次第に強くなっていくべきだ。そうでないとどうしても話が盛り下がってしまう。この作品では「妹を死から救いたい」という動機と同等、もしくはそれ以上のものがクライマックスには必要だろう。

 

このアニメ、生徒会活動編では主人公にたいした動機は存在しない。前半部分で物語が停滞気味に感じるのはこのせいだ。動機の存在しない物語はアクセルがかからない。

主人公に強烈な動機が生まれるのはなんと10話である。ちょっと遅すぎないか?「妹を救いたい」と願った主人公(ここで物語が動いた!と感じた人が多かったのでは?動機を持った人物が何らかのアクションを起こすとき初めてストーリーは前へ進むのだ)なんとあっさりBパートで救ってしまう。

続く11話でマフィア襲撃が発生。今度は友利が危ない話になっていくのだ。すでに友利に惚れている主人公は助けに行くとすぐさま決断し・・・ないのだ。

問題点1でも触れたが、何故かここでヘタレ・ゲス問題をぶり返す。兄貴に背中を押され、なんとか助けに行くものの、案の定事態が改善してるんだか悪化してるんだか良く分からない結果になってしまい、冒頭の12話に戻ってくる。

そして「世界中の能力者を一人残らず消す」という気の遠くなるような総当りの旅へと出かけるのだ。

ん? でもちょっと待ってくれ。確かにこんなこと(マフィア襲撃問題)が発生したのは、能力を保持していたせいだが、同時に妹を救えたのも能力があったからだ。

「世界中の能力者を一人残らず消す」という選択に至るためには、「その問題は明らかに能力を使ってでは解決できず、むしろ能力があるからこそ起こった」ことが描かれていなきゃおかしくないか?

それって描かれてる?「明らかに能力を使ってでは解決できない問題」か?この話では能力で悲劇を立ち切れてしまうのだ。妹を死から救えるのである。じゃあ、友利熊耳を救えない理由はどこにあるのだろう。

「むしろ能力があるから起こった問題」か?どうだろう。確かに妹の死は能力の暴走に起因していた。だが、それのトリガーになったのは同級生の少女である。科学者やマフィアはどうだ?描かれた問題の大半は能力そのものよりも、それを取り巻く社会勢力やキャラクター。つまり外部にある。では、有宇の選択に妥当性はあるのだろうか。最終話で「治癒能力で右目直して、タイムリープでやり直せばいいじゃん」という視聴者が出てきてしまうのも当然のように思う。

問題点3:唐突すぎる

特に言うことはないんだが。妹を殺した同級生(なんと妹が死ぬ6話で初登場だ)、マフィア問題。ちゃんと伏線を貼っておかないと、ご都合主義感が目立ってしまう。

 これは推測でしかないが、もしかしたら、何らかの理由があるのかもしれない。公式サイトのインタビューでこんな記述を見つけた。

麻枝:自分の中では未知なるジャンルでした。特に影響も受けていません。鳥羽PからHEROESというドラマを教えてもらい、シーズン1だけ参考に観ました。面白かったです。

海外ドラマ的な引きを作りたかったのかな?とも思えなくはない。

問題点4:恋愛プロット

『全ての能力者を救ってもう一度会えることを』

『その時私達は恋人同士になりましょう』

 

ちょっと待て!友利!お前いつ有宇を好きになったんだ?兄貴を救ったからか?いや、その話はタイムリープでなかったことになってるし、そもそもサラ・シェーンを会わせただけだぞ。

恋愛プロットは必ず「好きになるポイント」が存在しなくちゃおかしい。物語になんとなくはありえないのだ。

と思っていたら、電撃G's Magazine 12月号のインタビューで麻枝さんはこんなことを語っている。

麻枝:・・・11話で友利が語った通り、全世界の能力者を救うという偉業を成し遂げて自分の元に約束通り帰ってきてくれたことで、恋心が芽生えた感じです。その約束を果たしたからこそ、ようやく恋心がスタートするっていう。なにもかもこれからという感じですね。

 

なーんだ、有宇が勝手に惚れてただけで、最初から恋愛プロットなんてものはこのアニメに存在しなかったのだ。 

いや!でもさ!でもさ!最終回までに友利が有宇にはあって、高城にはない気持ちを抱えているべきじゃない!?友利にとって有宇が特別なキャラになっていなくちゃおかしくね?

これ明らかに使うべきエピソードはアレしかない。本編ではほとんど意味をなしておらず、なんの解決もされなかったアレ。そう。友利リンチ問題である。

この問題を有宇が何らかの形で解決することで友利が惚れる、惚れるとまでは行かずとも特別な存在にはなるはずだ。となると、妹の死という絶望から有宇を救う友利には責任感だけじゃなく別の感情もかぶさってきて、メインプロットを補強しないか?

 問題点5:泣けない

6〜7話間は明らかに泣かせにいっている回だろう。でもどうだった?泣けた?え・・・、マジで?マジであれで泣いたの?

唐突な展開が気になってそれどころじゃない(問題点3)というのも大きいかもしれないが、これは歩美のキャラクターとしての存在感が薄いことが原因だと思う。そこまでの生徒会活動編で中心のストーリー(能力者にあって能力を使わないよう説得する)に歩美は全く関わらない。

 

問題点6:世界観設定がいい加減すぎる

特に科学者連中は一体、誰が何のためにどうやって運営している組織なんだろうか。国家が絡んでいるのだろうか。

何故能力者たちはひっそりと生きているのか。自分の能力を公表するものはいないのか。

なんで学園にいれば安全なんだろうか(実際マフィアにいとも簡単に突破されている)等々、世界観に関するツメがいい加減であると感じた。

麻枝さん自身も「どっちかというとガバガバ」であると言っている。

限られた空間の、限られた人物内で展開する寓話やファンタジーのような作品であるなら別にいい(例えばAngel Beats!のように死後の世界であったりとか)のだが、この話、最終話で世界に飛び出すのだ。つまり、主人公の置かれている社会や世界と言うのは物語の単なる背景ではなく、対峙し乗り越えなくてはならない対象になってしまうのだ。

そのため、この部分を適当に済ましてしまうと、物語自体の説得力がなくなってしまう。

 

 

以上、おおまかにはこんな感じである。

 

じゃあ、この話どうすればよかったかについてはまた別の記事で書こうと思う。

 

※逆に良かったところ

・友利奈緒はかわいかった。これはもちろん演じられた佐倉綾音さんの功績もあると思うが非常に魅力あるキャラだった。ただ、キチッと所謂デレを描いたほうがもっと良かったのではとも思う。

・キャラクターの掛け合いは結構面白いと思う。

・一話は面白かった。ゲスさが唯一まともに描かれていた回。優等生としての地位が脅かされるというサスペンスもあり良かった。

 

 ※ちなみに「尺が足らなかった」という意見が多かったが、尺が足らなくなる(もう一展開なきゃなんかおかしいと視聴者が感じてしまう)原因は次の3つであるように思う。

・最終的な解決方法があまりにも途方もない

・主人公が成長しきっていないんじゃないかという懸念(問題点1)

・クライマックスとは思えない希薄な動機(問題点2)

実はこのアニメから感じる時間が足りていない印象は、すべて実際の尺とは関係のない、物語上の不備に起因している。だから、例えばあと2,3話足したところでストーリー全体が改善するかというと、絶っっっっ対にしないと思う。