ぢごくのそこ

作品の感想とかを書いていこうと思います

俺の考えた最強の『Charlotte』②

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 前回の記事では、基本的な世界観の設定を行うことによって、特に物語前半部分のストーリーラインをスマートに出来たと思う。

 さて、次は何をしよう。前から順番にストーリーを探っていくのが順当に思われるが、これは危険である。話を時系列順に作っていくのは手探りでトンネルを掘り始めるようなものだ。どこに行き着くかわからないし、永遠に地中をさまようことになるかもしれない。アタマを作ったら次に作るべきはケツ。つまりクライマックスだ。

 この物語のクライマックスにあたるのは「主人公が世界中の人々を救う選択をすること」である。ここから考えてみよう。

■クライマックスの解決方法

 世界中の人々を救う方法として、本編では”全世界の超能力者に総当り”という方法がなされ、それを成功させていた。これは少々問題である。

 まず第一にこの方法だとカタルシスが生み出されない。総当りとは作業のようなものだ。カタルシス=問題解決の爽快さとは無縁である。

 いや、待てよ。もしかしたら、クライマックスでの主人公の苦しさや痛みを視聴者と共有するためにあえてこのような解決方法を選択したのかもしれない。しかし、それもそれで上手く機能していない。主人公の苦しさを描きたいのであればこんなに淡々とダイジェストの様に解決を描写していくのは間違いだろう。最終回をこのような形に収めようとすると、かなり都合の良い物語展開を迫られてしまう。

 では、別の解決策を探るとしよう。世界中の能力者を消すにはどうしたら良かったか。

 やはり、問題の根本の解決を図るには、タイムリープCharlotte彗星そのものの破壊が望ましいのではないかと思う。

Charlotte彗星の破壊

 ではどうすればCharlotte彗星を破壊できるだろうか?高城の能力で彗星まで飛んでいき、歩美の能力で破壊する。これがいいではないだろうか。問題はどうやって宇宙空間に耐えられるような仕組みを作るかである。そのような能力を持った能力者を新たに登場させるのも手ではあるが、今回のルールでは基本的にキャラクターを増減させない縛りで進めている(アニメキャラクターを一人増やすのは相当なコストだ)。別の選択肢を探ろう。

 宇宙服やその他のガジェットを登場させるという手もある。科学者たちの研究施設から盗み出すとか。しかし、この案も微妙である。超能力モノというジャンルに乗っかっている以上、超能力で解決するべきだろう。

 うーん、ここで詰まってしまった。

 では、頭を切り替え、そもそもCharlotte彗星を破壊することが本当に必要かについて考えてみよう。

Charlotte彗星破壊以外の選択肢

 前回の記事で、能力者が日本にだけ発生する何らかの地理的な要因を考えると書いた。これが突破口になるのではないか。例えば、科学者たちの作った電波塔から電磁波を出すとその地域にいる人間がランダムで能力者になる…。うーん、この案も微妙だ。そんな塔を建てられるのなら、自分たちの実験施設内に建てたほうが圧倒的に能力者の回収もしやすいし、ちょっと設定が入り組んでいて都合が良すぎる気もする。

 いや、待て。そもそも、全世界の能力者を救う展開のためには、全世界に能力者がいる必要がある。しかし、物語前半部のストーリー展開のために超能力者の発生する地域を限定してしまった。これでは全世界に能力者が生まれないではないか。初めは比較的狭い空間内で展開していた話が、一気に世界レベルの出来事まで拡張されたことによって起こった食い違いである。

 世界中に能力者がいたが、彼らの存在が公になることはなく、物語前半では何らかの原因によって日本にしか現れなかった。Charlotte彗星は何らかの方法で破壊され、問題が全て解決に向かう。

 うーん、つじつま合わせが難しい。では、一旦この問題は保留にし、そもそも何故「全世界の能力者を消す」という選択を主人公がしたのかについて考えよう。

■主人公の動機

 本編では「またあんなこと(マフィア襲撃・歩美の死)が起きそうだから」という、ふわっとした理由で総当りの旅に出かけていた。

 これでは動機が希薄であるとは以前の記事でも指摘したとおりだが、どのように改変すればいいだろう。

 進行中の危機、つまりサスペンスが存在していないのが薄い動機の原因だ。ならば、どうにかして主人公の大切なものを危険に晒したままにしておけば良いだろう。その解決策として「全世界の能力者を消す」という選択がなされれば良い。

 主人公の大切なもの。なんだろうか。一人は確実に最愛の妹、歩美である。彼女の命が常に危険な状態にあれば良い。

 ここで、このアニメが持つループ構造を思い出す。実はこのアニメではループ自体がそれほど活用されているわけではないのだ。ループした直後に歩美を救ってしまうので、歩美が危険問題はサクっと解決してしまうわけだ。その後ループは出てこない。

 この辺がポイントなのではないか。

 ループものの持つ展開としてありがちなのは、何度やり直してもうまくいかないという一種の閉塞感を描くというものである。

 何度やり直しても歩美を助けられない…、ここを描いていくのがいいのではないか。

 続いてマフィア襲撃について考えてみる。ここで熊耳が死ぬわけだが、はっきり言ってそれまで主人公と熊耳、視聴者と熊耳の心理的な繋がりがほとんどないため、衝撃は弱い。では、誰が死ねば一番衝撃的だろう…。最も主人公と繋がりが深いキャラクターって。ここ、友利が死んだら面白くならね?

 そして先程のループ構造も思い出す。あ!

 歩美を助けようと思ったら、友利が死んでしまう。友利を助けようと思ったら歩美が死んでしまう。これなら、「全世界の能力者を消す」という主人公の選択が決定的なものになるのではないか!

 諸々のつじつま合わせは後でやれば大丈夫だ。

 更に!ここに来て、世界に飛び出すという展開も残しておけるではないか。

■世界へ飛び出す展開

 こうしたらどうだ!

 日本にいては歩美も友利も助けられないと考えた主人公はマフィア壊滅のため、もしくは科学者連中の本拠地壊滅のため、世界各地に向かう。

 そこでもうまくいかない。自身は傷つき、罪のない人々をも巻き込んでしまう。

 最後にはマフィアの構成員に殺されそうになる主人公、そこへ現れたのが!そう!勇気ちゃんだ!

 彼女は能力など持っていない(ここは改変してもいいよね?超能力が勇気って変だし)が、見ず知らずの有宇をかばって死んでいく。

■クライマックスの動機の再考

 ここに来て、そもそも「世界中の能力者を消す」という選択自体が、「世界中の能力者のためだけ」になされなくても良いと気づいた。

 重要なのは、「自己中だった主人公が、世界中の虐げられた人々を救うために自らを犠牲にする」という展開である。

 能力によって不利益を被っているのは能力者だけじゃないという設定にしたらどうだろう。例えば、能力者によって虐殺された人々がいたりとか。だとすれば、だとすればだ。

 能力者の発生場所を日本だけに限っても別にいいよね?

Charlotte彗星の破壊についての再考

 あ、そうだ。Charlotte彗星の破壊方法について考えなくては。

 ちょっとルール違反かも知れないけど、世界各国を回ったときにそういう能力を持った能力者(一定時間だけバリアを張る事ができるとかね)の能力も手に入れたとしたらどうだろう。

 

 以上のことをふまえ、細かいつじつま合わせは後回しにするとして、こんな感じにストーリーをまとめられたのでは?

三日前に大接近したCharlotte彗星によって超能力に目覚めた主人公。さっそくその能力を使ってやりたい放題。そこへヒロインの友利奈緒が。強制的に高校へ入学させられる。友利達たちは日本に現れた能力者を敵組織から匿い、自分たちの味方に引き入れていた。敵組織は自分たちに従わない能力者はいとも簡単に殺してしまうのである。残る能力者はあと○○人。友利たちは無事に能力者を敵組織よりも先に全員確保できるのか?

 能力者確保を進める主人公たち。最後の能力者はなんと有宇の妹歩美だった。歩美に迫る敵組織の魔の手。有宇たちは歩美救出に向かうが、あと一歩のところで、歩美の能力が暴走。歩美は死亡してしまう。

 途方にくれる有宇だが、そこへ隼翼が現れる。隼翼の能力によって何とか歩美を救出する。しかし、歩美を救出したことによって、未来が変わってしまう。何らかの出来事によって、友利が死んでしまうのだ。

 既にこの時点で、友利のことが好きになっている有宇は、再度タイムリープすることで、友利を助けようとする。

 しかし、どうやら、歩美と友利を同時に救出することは不可能のようだった(この辺のつじつまは後の記事で合わせる)。

 何度繰り返しても失敗する有宇。

 やけになった彼は、敵組織の壊滅に向かう。だが、そこで彼は多くの罪のない人間を巻き込んでしまう。また、能力者たちが兵器として利用され、大勢の人々が犠牲になっていたことも知る。

 ボロボロになっていく有宇。視力は低下し、あと数回のタイムリープで失明してしまうだろうというとこまで来る。

 そこへ、一人の敵が襲いかかる。死を覚悟する有宇。だが、そこに現れたのは、一人の少女だった。

 何の能力も持たない彼女は見ず知らずの有宇のために盾になって死んでいく。なにかを決意する有宇。

 タイムリープ。戻ったのは、有宇の子供時代。まだCharlotte彗星によって最初の能力者が出現する前である。

 有宇はCharlotte彗星に向かって飛んでいく。手にした能力を使って彗星を破壊。彗星が破壊されたことによって、有宇の手にした能力も消えかけていく(この辺のタイムパラドックスはリアリティラインの許容範囲だと思う)。なんとか、地球に帰還した有宇。

 十年後、彼は町で友利とすれ違う。有宇が声をかけ、友利が振り返ったところで終わり。

こんな感じでどうだろう。次の記事では、更に具体的にストーリーを詰めていこう。

続く。

 

俺の考えた最強の『Charlotte』①

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この記事を書いて約1年ほど経過した。

loo9.hatenadiary.jp

「じゃあ、どうすりゃ良かったのさ!」という声が聞こえてきそうである。

ので、考えてみた。

尚、最強のCharlotteを考える際に以下のようなルールを設ける。

・なるべくキャラクターを本編の通りに描く。特にキャラクターの性格は変更しない。ただし、キャラクターの成長する過程は変化する可能性もある。また、”超能力モノ”というジャンルの性質上、登場人物たちが所持している能力も性格と同様にそれぞれのキャラクターの固有の特徴である。ここも大きくは変えない。

・本編に登場したエピソードは、断片的なイメージに至るまでなるべく使用する。

・製作予算の大幅な超過が予想される展開は避ける。

・劇中で使用された楽曲は増えも減りもしないものとする。

・本編と同じく全13話で話を展開する。OVAで補完することは考えない。

■最低限の世界観設定

 さて、ドコから手をつけていこうかと考えてみる。まずは世界観の最低限の設定は行っておきたい。世界観を全く決めずに物語を構築しようというのは、基礎工事をせずに家を建て始めるようなものである。

 ここで以前の記事でも指摘し、麻枝さん本人も発言していることであるが、はっきり言って『Charlotte』の世界観設定はガバガバである。ガバガバなこと自体は作品の性質によっては別に問題ない。むしろ、その作品のファンタジー性を強化することに寄与する場合もあるのだが、『Charlotte』においてこの選択は誤りである。

 主人公が世界中の能力者の能力を奪うという選択をした以上、主人公を取り巻く世界は主人公が対峙し乗り越えなくてはならない存在である。つまり、この世界そのものが物語上の”敵”になってしまったわけである。”敵”という存在の説得力が低ければどうなるか。物語自体の説得力が低下してしまうのである。

 で、あるならば、考えられる選択肢は2つである。「世界観をより厳密に設定する」もしくは「主人公を世界と対峙させない」どちらかである。

 後者の選択肢も考えられなくはない。学園内など狭い領域で話の全て解決し、その外には出ない。小さな領域中心に世界が動く。いわゆるセカイ系の作品に持っていけるだろうと予想される。

 ただ、『Charlotte』ではやはり「世界に目を向ける、世界中の人々を助ける」というのが作品の特徴であり、個性である。麻枝さんも電撃G'sマガジン2015年12月号においてこのように発言している。

最初から意図していたものです。今作は主人公である乙坂有宇の成長物語で、有宇をどこまで成長させられるかというのが鍵だと思っていたので、最後には世界中の人々を助けられるまで成長させてやりたいなぁと考えて書きました。街や国を救うとかじゃ、弱いかなって。

これは落としてはいけない作品のキモだろう。よって、今回は前者の選択肢を選ぶことにした。世界観をある程度決めてしまおう。

■主軸となるストーリーと世界観の関係

 主軸となるストーリーとは「主人公である乙坂有宇の成長物語」であるが、これでは抽象的すぎて参考にならないのでもう少し具体化してみよう。『Charlotte』とは「非超能力の世界で生きていた自己中心的な主人公が、ヒロインによって超能力者の世界に引き込まれる。その中で様々な敵や困難と戦うことによって、主人公は成長する。やがて、最大の困難が押し寄せてきたとき、主人公は『自分を犠牲にして世界中の人々を救う』という選択をする。」話である。

 ここで、注目してほしいのは主人公が非超能力の世界(この日本語が正しいかは不明)つまり我々一般人の世界で生きていたが、超能力者の世界に引きずり込まれた。という点である。主人公は物語スタート時に既に能力を所持しているが、彼自身は一般人と同じ世界の中で生きているために”ズル”を行う事が可能だったわけである。ところが、ヒロインである友利奈緒によって主人公は強制的に超能力者たちの世界に移住させられる。超能力所持というスキルは超能力者という世界では無効とまではいかずとも、元いた世界のように”ズル”は行えなくなってしまうわけだ。これは葛藤(対立と言い換えた方が分かりやすいかもしれない)の一種である。超能力保持と非保持という2極の属性と、超能力世界と非超能力世界。この差がドラマを生み出すのだ。分かりにくければ、超能力をピアノの演奏スキル。超能力世界を音楽大学としてみよう。高校ではピアノが引けることで注目の的だった主人公。しかし、音大に進んでみたら、自分程度のスキルなどなんの価値もなかった…。もう、ドラマが動き出すのが見えてこないだろうか?そう。葛藤こそが、ドラマの基本なのだ。

 さて、話を戻そう。超能力世界と非超能力世界という対立構造が成立するには、超能力者が珍しいものであり、超能力者の存在が公になっていない。という世界を設定しなければならない。そこで疑問が湧いてくる。超能力を公表したり、それで金儲けする人はいないのだろうか?超能力の存在が広く知られた世界に設定して物語を展開することも可能ではあるだろうが、それは元のシナリオとかけ離れた話になってしまう。どうすればいいだろう?

 一方で、超能力者を利用しようとする組織が存在するのである。ということは、ある日突然ランダムで超能力が発症するんだけど、それを知っているのは本人や周りの人間、更に限られた社会勢力のみの世界ということである。これはあまりにも都合が良すぎないか?

 解決策として、ランダムではなく限られた人間にのみ発症すると変更もできる。例えば、研究施設で薬剤の投与を受けた被験体のみ。だが、これはこれでまた別の問題が出てくる。世界中の人を救うという、救世主的なストーリーラインが崩れてしまうのだ。

 さて、困った。どうしよう。では、こうしてみたらどうだろう。能力自体はランダムで発症するが、物語開始時には発症から極めて少ない時間、例えば3日間くらいしか経過していないとしたら。

■時間設定を変動させると上手くストーリーが展開する

 物語スタート時には発症から僅かな時間しか経過していないが、いずれ自分の能力を公表したり、その力を使って金儲けを企む人間が出てくる。そのような目立つ行為をした人間はどうなる?敵組織に捕まってしまう。敵より早く超能力たちを確保せねば!お、物語にタイムリミットが生まれた。ついでにいうと、科学者集団なる組織の説得力が増したのではないだろうか?恐らく、国家権力もしくはそれよりも大きな権力集団が背後にいるのではと想像可能だと思う。

 ここで確保しなければならない人数をきちんと決めておけば更に物語がスッキリするだろう。例えば熊耳の能力を「新たに能力を発症した人物の場所を特定することができる」に変更しよう。これは熊耳の本来の能力「能力者の位置特定能力」を更に限定的にしたものなので、ルールの範囲内である。いや、待て。日本にだけ能力者が現れるのは不自然ではないだろうか。ということは物語前半から世界に飛び出していく必要がある?だが、この選択をしてしまったら主人公が最終的に行う「世界中の全ての能力者を助けたい」という選択そのものが特別な意味を持たなくなってしまう。では、日本にだけ能力者が現れた方が好都合である。「彗星が最も接近したのは日本だった」程度の理由で十分だろう。「角度的にちょうど良かった」でもなんでも良い。ここは理由さえあれば彗星警察以外気にしないはずだ。(そもそも彗星によって超能力に目覚めるって意味不明だしね)更に場所をもっと限定しても良いかもしれない。例えば半径○○km以内に能力者が存在していると敵組織も分かっていれば、物語の緊張感を高めるはずだ。これの理由付けとして、例えば、「彗星が通過した時、ある地域にいること」という2つの条件を満たしたときのみ能力を授かると設定を若干変更すれば良い。

 ここまでくれば、前半部分の物語がかなりスマートになるのではないだろう。では、ここまでの流れをまとめてみよう。

Charlotte彗星の接近によって世界各地で能力者が現れた。その中の一人である主人公は自身の能力を使ってやりたい放題の日々を過ごしている。そこへヒロイン友利奈緒がやってくる。友利は能力者を探してはその能力を使わないように説得するという活動を行っていた。謎の組織から能力者を守るためである。

三日前に大接近したCharlotte彗星によって超能力に目覚めた主人公。さっそくその能力を使ってやりたい放題。そこへヒロインの友利奈緒が。強制的に高校へ入学させられる。友利たちは日本に現れた能力者を敵組織から匿い、自分たちの味方に引き入れていた。敵組織は自分たちに従わない能力者はいとも簡単に殺してしまうのである。残る能力者はあと○○人。主人公たちは無事能力者たちを敵組織よりも先に全員確保できるのか?

 

 この段階で設定するのはこの程度で問題ないと思う。残りの設定は物語の展開を踏まえつつ構築していこう。

 

続く

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今更ながら『Angel Beats!』ってアニメを観たんですが、死ぬほどモヤモヤしました。

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タイトルの通りです。モヤモヤしました。何故モヤモヤしたのか。原因を探ります。

 

■テーマとあらすじは何か

Charlotte評でもやりましたけど、まずはこの話全体を大きく捉えましょう。

どんな話で、どんなテーマですかね。ここを取り間違えると、トンチンカンなところをこねくり回しちゃうわけですね。

テーマ自体はそんなに難しくないですね。もうさんざん語り尽くされているし、何より麻枝さん本人が言っています。「人生讃歌」です。

つまり、「人生は素晴らしいものなんだよ」ってことですね。これが最終結論になるようなお話なわけです。

で、お話はと言うと、「人生になんらかの不満・未練をもった者たちが、最終的にはそれらを解消し、新たな人生を歩むことを決断する話」ですよね。これはアニメ本編を観たら誰でもわかるんです。

そう、これテーマとお話自体は全然難しくないんですよ。でもすっごいモヤモヤしました。しませんでした?

 

■アンチテーゼ

「人生は素晴らしいものなんだよ」という結論を導き出したいなら、何をしますかね。

普通は対立する考え、アンチテーゼをぶつけますね。「人生は糞だ」っていう。

本編でもこの考え方を体現したキャラクターがいますよね。ゆりっぺですね。

彼女は、幼い妹弟を強盗に殺害され、運命に恨みを持ってるわけです。だから、成仏することに抵抗するんですね。仲村ゆりである人生にしがみつこうとするわけです。理不尽な人生に対するやり場のない怒りを、抗うことで解消しようとするわけですね。

 

■読み取るべきもう一つのテーマ

ではゆりっぺの「こんな糞な人生受け入れられない!成仏なんかしてやるか!」という考え、どのように打ち崩されましたかね。どうやって「人生は素晴らしい」という方向に持って行きましたかね?

ここで重要になってくるのは、読み取るべきもう一つのテーマだと思います。

12話で謎の青年がこう言います。

『世界に”愛”が芽生えました』

震源地はあなた(ゆりっぺ)でしたか』

 

これは彼女の

『にしても、不覚だ。お姉ちゃん、あんたたちと同じぐらい、みんなのこと大切に思っちゃったんだ・・・。』

というセリフを聞けば、仲間に対する愛であることが分かりますよね。

もう一つのテーマ、”愛”でしょ。ここで思い返してみましょう。

まず、岩沢さんは音楽に対する

結婚してやんよ周辺で語られることもです。

主人公音無の妹に対する愛誰かの役に立って感謝されたいっていうのも大きな意味での愛ですよ。

「自分自身が愛する何かがある、そのことで誰かからもまた愛される、賞賛される、感謝される」これだけでもう人生は素晴らしいって言ってるんですよ。

ここでしょ!このアニメがたどり着いている結論って。

 

ちなみに、Charlotteのテーマは何でした?「人のことを思うこと」ですよね?

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人のことを思うこと、自己犠牲の精神、これって愛じゃないですか?

 

■本来起こるべきだった対立

では、こっから不満点を書いていきます。

ゆりっぺは「人生は糞」という意見を体現するキャラクターですよね?

でもね。この話ってゆりっぺは普通に改心しちゃうんですよ。「世界を改変する力をあげるよ」って言われても、「仲間とか素晴らしい物私にはすでにあるから、ゴメンやっぱ人生っていいよね」と言って、その提案を拒否しちゃうんですよ。

じゃあ、この話さ。誰も問題抱えてなくね?

天使ちゃんとSSSメンバーとの、単なる勘違いからの喧嘩以上の話にならないじゃん。これだとテーマが深掘りされなく無いですか?

 

■思想VS思想?

テーマを語るには、異なった思想をぶつけるのが手っ取り早いです。

「人生は糞!」という意見には「いやいや、人生は確かに糞なとこもあるよ!でも素晴らしいよね!」って意見をぶつけますよね?この対立構造がこのアニメ、絶対必要ですよ!

「人生素晴らしい派」にピッタリな人物がいますよね?天使ちゃんじゃないですよ。最初は人生糞だと思ってたけど、最後は救われてる人物。いないですか?

主人公ですね。

で、天使ちゃんは主人公の思いを強めるキャラクター、つまり精神的な援助者ですね。

 

だから、クライマックスには、主人公(+天使ちゃん)VSゆりっぺっていう対立が欲しかったですね。っていうか絶対いりますね。これがないのがモヤモヤの最大原因だと思います。

 

■細かいアレコレ

・戦闘シーンが面白くなかった。各々の作戦の必要性に乏しく、また死んでも生き返る世界のため緊張感はゼロ。全然アクションにノレなかった。

・ゆりの弟・妹を殺した強盗だが、こんな強盗いるか?人がいるってわかった時点で普通帰らね?なんの目的もなく、子供殺したりしないでしょ。

・楽曲の物語的使い方はCharlotteよりはるかにいい。きちんとテーマに関係している。

・結婚してやんよ問題は、登場人物の心情を追えていないか、脚本家が物語に入り込みすぎて描いていないことまで描いた気になっているかどちらかである。多分後者だと思う。

・結婚してやんよ周辺で、ゆいがフェミニストが卒倒しそうな台詞をべらべら喋るが、障害を抱えた女は結婚できず不幸せといった発言は、さすがに無神経では。せめてもう少しオブラートに包むべき。

ハッカーの男の子が「クライストって呼んで」って言ってるのに、呼んでもらえないってネタをずっとやってるのは、しつこいからやめたほうがいいと思う。ちょっとでも台詞を変えるとか変化をつけるといいと思う。

・それとほぼ同じ話だが、「浅はかなり」の特に意味のない連呼もやめたほうがいい。

・この世界でのコンピュータはどういう仕組みになっているのか等、設定があまり語られない点については、作品のファンタジー性を担う部分であり、特に気にはならなかった。Charlotteと違い、この作品では世界観というのは背景にすぎない。

・13話の卒業式だが3~5分で片付けられる内容なんで、こんなことに一話も割くんじゃねぇ!バカタレが! 

 

■感想

モヤモヤした。

『PC版・TITANFALL』でエラー【Failed to initialize Origin】が出る場合の対処法

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おそらくOriginがCドライブ下のProgramFilesにないことが原因。

Origin Gamesファイルを名前を変更し(もしかしたらこれは必要ないかも)、Originをアンインストール。

 

Originを再度Cドライブ下にインストールし直す。

Originを起動し、ファイル名を変更した元・Origin Gamesファイルを”アプリケーション設定->詳細”からゲームインストール先のファイルに変更。

 

そんで、ライブラリから、Titanfallのアップデート確認を行うと起動できる。。。ハズ。

俺はできた。

心配なら、一回Titanfallのゲームファイルデータをまるごとどっかにコピっておく。

【批評】TVアニメ『Charlotte』はなぜクソアニメになってしまったのか


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まず最初に申し上げておきたいのだが、僕はKey作品というものに今まで一切タッチしたことがないので、所謂Key論とか麻枝准論みたいなものは展開させようがない。あくまでもイチアニメ視聴者から見た感想であると受け取って貰えれば光栄である。

Charlotte』のテーマは何なのか

物語作品を語る際にまずしなくてはならないことは、「その作品全体を貫くテーマ、主軸となるストーリーは一体何なのか」を見ぬくことである。物語の背骨が一体どこにあるのか。ここを見誤ると、トンチンカンな部位をひたすらにこねくり回してしまう事態に陥りかねない。

では『Charlotte』のテーマは一体なんだろうか。読み解いていこう。

第一話は主人公:乙坂有宇(以下、有宇)のこんな独白で始まる。

『ずっと
小さい頃から疑問に思っていた。
なぜ自分は自分でしかなく、他人ではないのだろうと』

『「我思う、故に我あり」とは昔の哲学者の言葉だそうだが』

『僕は我ではなく、他人を思ってみた』

『あの人も僕なのではないかと』

 

引用を間違えている(「我(が)思う、故に我あり」が正しい。(を)ではない)のは置いといて、実はこの部分、テーマをまるまる語っている。1話時点の有宇にとって「他人を思うこと」とは「あの人も僕なのではないかと」思うことなのだ。これは一体どういうか。

有宇が能力を使うのは、テストでカンニングをするため、女の子のおっぱいをのぞくため、気晴らしに人をぶん殴るためだ。これは全て「自身の欲望を満たすため」である。

「あの人も僕である」「僕であるなら好きなように利用しても構わない」。そう、彼はとてつもなく自己中心的な人物なのだ(加えてナルシストでもある)。転ばせてしまった白柳弓(以下、白柳)に手を差し伸べるでもなく、『クッソーー!!』と言って逃げてしまう描写からもそれは読み取れる。

物語スタート時に主人公が内面に抱えている問題はテーマと直接結びつきやすい。内面の問題とは、性格・考え方における偏りや欠落だ。

となると、この時点でこの話は「いかにして自己中心的な人物が自己中心的でなくなるか。つまり他人を思いやれるような人物になるか、本当の意味で人を思いやれるようになるか」という話に規定されてしまう。「こうなったらいいな」ではなく、こうならなきゃ変だ。

なぜなら、「自己中心的すぎる」というのは有宇が内面に抱える最大の問題であるからだ。この問題を乗り越えることが成長を描くということであり、テーマを描くということなのだ。

 

更に、「本当の意味で人を思うこと」がテーマであると考えれば、最終話に出てきたあの少女、通称:勇気ちゃんは何だったのか説明がつくのだ。

一見すると、彼女の存在はテーマとかけ離れているように見える。そもそも、有宇の抱える問題は「勇気がないこと」ではなかったはずだ。彼女は物語をいい話で締めくくるためだけに登場したキャラクターなのだろうか?

いや、違う。違うと思う。

勇気云々よりも大切なのは、少女が「見ず知らずの他人のために、自らの危険も顧みず盾になる」という行為をしている点にある。これはまさに「他人を思うこと」に他ならないではないか。

それに最終話には治癒能力を持った少女も登場する。彼女は対価を受け取ることもなく、人々に治療を施すのだ。

 

ここで思い返してみる。様々なエピソードでこのテーマは登場しなかったか?

例えば。2話の弓道部の念写男が下着念写写真を売っていたのは家計を助けるためであった。

4話で登場した野球部のピッチャー。彼が能力を使って変化球を投げていたのは才能あるキャッチャーを思ってである。

逆に、自分の欲望のために能力を使っていた友利・兄は科学者にモルモットにされ狂ってしまった。

サラ・シェーンもこう言っている。

 『それはズルをしたからさ』

『それも自分の欲のためだけにな』

『莫大な金が動く。周りの目も変わる。もちろん悪い方にな』

『結果 家族にも迷惑をかける。金目的で弟が誘拐されたこともある。だからそういうのはやめにしたんだ』

 

やはり、ここでもテーマが繰り返される。自分の欲のためだけの能力の使用。それに伴う代償。

 

以上の点から「本当の意味で人を思うこと」Charlotteの根幹テーマであると考えていいのではないだろうか。というかこれ以外なんかあるのか?

 

では、これに基づいて、このアニメの問題点を指摘していく。

 問題点1:成長プロット

なんと2話でとんでもない間違えを起こす。有宇のゲスさを消失させてしまうのである。有宇は物語早々にかなり普通の主人公キャラクターになってしまうのだ。

友利に脅されたからとも考えられなくないが、エピソードとしては弱すぎるし、第一こんな早く解決してしまうのはおかしい。

 

本来ならば、歩美の死亡後、友利によって絶望から救われた有宇は、ここで何らかの成長を見せるはずだった…のだろう。盲目のサラに手を差し伸べるのは有宇の成長を示す描写であっったはずだ(正に一話で白柳にしたことと真逆である)。だが、妹が死ぬ以前に有宇はすでにゲスくなくなってしまっている。7話で逃避行した際は、またそのゲスさを取り戻すのだが、これだと「成長した」というよりは「異常状態から回復しただけ」のようにみえてしまう。

 まぁ、ここまではいいとしよう。有宇の問題は解決したのだ。

であるならば、11話でマフィアに捉えられた友利熊耳を助けに行く際に

『僕はズルをしていい点を取っていただけのただのカンニング魔だ!自分のことしか考えてこなかった嫌なヤツだ!』

『みんなからいい目で見られたかっただけの卑しい人間だ!そんな僕に何が…!』

 

と、この問題をぶり返して、ヘタレ(他人のために行動できない人物)に戻ってしまうのはおかしくないか?

 

前述したが「有宇がいかにして他人を思えるようになるか」がメインの話になるべきである。彼に振りかかる問題、主に妹の死とマフィア襲撃に直面した時に彼は成長するはずだ。いままで自分がしてきたズルの代償が自分に降り掛かってくるわけである。代償・・・?これ代償か?

だって、どっちも有宇の過去の行いとは関係ないじゃん。サラ・シェーン友利・兄が支払った代償というのは一応「能力を自分のためだけに使い、有名になったこと」に起因していた。

だが、有宇の場合はどうだ?妹の死は彼とはなんの関係もない。マフィア達に至っては熊耳を拷問するまで有宇のことを知らなかったのである。

では、これらの問題は偶然に起こった不幸な出来事で片付けられてしまう。本当にこれでいいのだろうか?

問題点2:動機

 最終回直前の12話。内容はざっくり言うとこうだ

 ”マフィア襲撃を受け、負傷した有宇の元に生徒会メンバーや妹がお見舞いにやってくる。

なんとなく元気になった有宇は、自分の略奪の能力を使い、世界中の能力者から能力を奪う決意をする。”

最終決戦へ向かって主人公が決意する重要なエピソードである。

「能力者の位置特定能力者がいるだろうから、そいつから奪えばいいや」とか
こんないきあたりばったりの計画が普通うまく行くかどうかはさておいて、
ここでは友利のあるセリフに注目してみよう。
主人公の決意を聞いた直後のセリフである。

 

『動機が薄いっすね』

 


・・・・・・そう、動機が薄いのだ


しかも、この問題を脚本家である麻枝准さんは認識している、もしくは無意識にでも感じているはずだ。
でなければキャラクターにわざわざこんな言及はさせないだろう。


この後に続く

 


『でもあんなことがまた起きるかもしれない。

今度は僕がお前を救いたい。

だから…』

 

 


という、有宇のセリフを引き出してまで、動機の希薄性をなんとかごまかそうとしているのだ。

では何故、動機が薄くなってしまうのだろうか。
答えは簡単である。
「現在進行中の危機」が存在していないからである。

つまり、今現在、12話時点において『「主人公自身、もしくは主人公の大切なヒト・モノ」の安全を脅かす明確な障害』が存在していないのだ。

マフィアの問題は解決してしまったし、科学者たちも追っては来ないようである。

彼の行動動機である「またこういうことが起きそうだから」というのは、単なる推測に過ぎない。
そもそも、能力は2,3年経てば消えてなくなるのだ。尚更、"今"行動しなくてはいけない強烈な理由が必要である

もっと言えば、動機は物語が進むに連れて次第に強くなっていくべきだ。そうでないとどうしても話が盛り下がってしまう。この作品では「妹を死から救いたい」という動機と同等、もしくはそれ以上のものがクライマックスには必要だろう。

 

このアニメ、生徒会活動編では主人公にたいした動機は存在しない。前半部分で物語が停滞気味に感じるのはこのせいだ。動機の存在しない物語はアクセルがかからない。

主人公に強烈な動機が生まれるのはなんと10話である。ちょっと遅すぎないか?「妹を救いたい」と願った主人公(ここで物語が動いた!と感じた人が多かったのでは?動機を持った人物が何らかのアクションを起こすとき初めてストーリーは前へ進むのだ)なんとあっさりBパートで救ってしまう。

続く11話でマフィア襲撃が発生。今度は友利が危ない話になっていくのだ。すでに友利に惚れている主人公は助けに行くとすぐさま決断し・・・ないのだ。

問題点1でも触れたが、何故かここでヘタレ・ゲス問題をぶり返す。兄貴に背中を押され、なんとか助けに行くものの、案の定事態が改善してるんだか悪化してるんだか良く分からない結果になってしまい、冒頭の12話に戻ってくる。

そして「世界中の能力者を一人残らず消す」という気の遠くなるような総当りの旅へと出かけるのだ。

ん? でもちょっと待ってくれ。確かにこんなこと(マフィア襲撃問題)が発生したのは、能力を保持していたせいだが、同時に妹を救えたのも能力があったからだ。

「世界中の能力者を一人残らず消す」という選択に至るためには、「その問題は明らかに能力を使ってでは解決できず、むしろ能力があるからこそ起こった」ことが描かれていなきゃおかしくないか?

それって描かれてる?「明らかに能力を使ってでは解決できない問題」か?この話では能力で悲劇を立ち切れてしまうのだ。妹を死から救えるのである。じゃあ、友利熊耳を救えない理由はどこにあるのだろう。

「むしろ能力があるから起こった問題」か?どうだろう。確かに妹の死は能力の暴走に起因していた。だが、それのトリガーになったのは同級生の少女である。科学者やマフィアはどうだ?描かれた問題の大半は能力そのものよりも、それを取り巻く社会勢力やキャラクター。つまり外部にある。では、有宇の選択に妥当性はあるのだろうか。最終話で「治癒能力で右目直して、タイムリープでやり直せばいいじゃん」という視聴者が出てきてしまうのも当然のように思う。

問題点3:唐突すぎる

特に言うことはないんだが。妹を殺した同級生(なんと妹が死ぬ6話で初登場だ)、マフィア問題。ちゃんと伏線を貼っておかないと、ご都合主義感が目立ってしまう。

 これは推測でしかないが、もしかしたら、何らかの理由があるのかもしれない。公式サイトのインタビューでこんな記述を見つけた。

麻枝:自分の中では未知なるジャンルでした。特に影響も受けていません。鳥羽PからHEROESというドラマを教えてもらい、シーズン1だけ参考に観ました。面白かったです。

海外ドラマ的な引きを作りたかったのかな?とも思えなくはない。

問題点4:恋愛プロット

『全ての能力者を救ってもう一度会えることを』

『その時私達は恋人同士になりましょう』

 

ちょっと待て!友利!お前いつ有宇を好きになったんだ?兄貴を救ったからか?いや、その話はタイムリープでなかったことになってるし、そもそもサラ・シェーンを会わせただけだぞ。

恋愛プロットは必ず「好きになるポイント」が存在しなくちゃおかしい。物語になんとなくはありえないのだ。

と思っていたら、電撃G's Magazine 12月号のインタビューで麻枝さんはこんなことを語っている。

麻枝:・・・11話で友利が語った通り、全世界の能力者を救うという偉業を成し遂げて自分の元に約束通り帰ってきてくれたことで、恋心が芽生えた感じです。その約束を果たしたからこそ、ようやく恋心がスタートするっていう。なにもかもこれからという感じですね。

 

なーんだ、有宇が勝手に惚れてただけで、最初から恋愛プロットなんてものはこのアニメに存在しなかったのだ。 

いや!でもさ!でもさ!最終回までに友利が有宇にはあって、高城にはない気持ちを抱えているべきじゃない!?友利にとって有宇が特別なキャラになっていなくちゃおかしくね?

これ明らかに使うべきエピソードはアレしかない。本編ではほとんど意味をなしておらず、なんの解決もされなかったアレ。そう。友利リンチ問題である。

この問題を有宇が何らかの形で解決することで友利が惚れる、惚れるとまでは行かずとも特別な存在にはなるはずだ。となると、妹の死という絶望から有宇を救う友利には責任感だけじゃなく別の感情もかぶさってきて、メインプロットを補強しないか?

 問題点5:泣けない

6〜7話間は明らかに泣かせにいっている回だろう。でもどうだった?泣けた?え・・・、マジで?マジであれで泣いたの?

唐突な展開が気になってそれどころじゃない(問題点3)というのも大きいかもしれないが、これは歩美のキャラクターとしての存在感が薄いことが原因だと思う。そこまでの生徒会活動編で中心のストーリー(能力者にあって能力を使わないよう説得する)に歩美は全く関わらない。

 

問題点6:世界観設定がいい加減すぎる

特に科学者連中は一体、誰が何のためにどうやって運営している組織なんだろうか。国家が絡んでいるのだろうか。

何故能力者たちはひっそりと生きているのか。自分の能力を公表するものはいないのか。

なんで学園にいれば安全なんだろうか(実際マフィアにいとも簡単に突破されている)等々、世界観に関するツメがいい加減であると感じた。

麻枝さん自身も「どっちかというとガバガバ」であると言っている。

限られた空間の、限られた人物内で展開する寓話やファンタジーのような作品であるなら別にいい(例えばAngel Beats!のように死後の世界であったりとか)のだが、この話、最終話で世界に飛び出すのだ。つまり、主人公の置かれている社会や世界と言うのは物語の単なる背景ではなく、対峙し乗り越えなくてはならない対象になってしまうのだ。

そのため、この部分を適当に済ましてしまうと、物語自体の説得力がなくなってしまう。

 

 

以上、おおまかにはこんな感じである。

 

じゃあ、この話どうすればよかったかについてはまた別の記事で書こうと思う。

 

※逆に良かったところ

・友利奈緒はかわいかった。これはもちろん演じられた佐倉綾音さんの功績もあると思うが非常に魅力あるキャラだった。ただ、キチッと所謂デレを描いたほうがもっと良かったのではとも思う。

・キャラクターの掛け合いは結構面白いと思う。

・一話は面白かった。ゲスさが唯一まともに描かれていた回。優等生としての地位が脅かされるというサスペンスもあり良かった。

 

 ※ちなみに「尺が足らなかった」という意見が多かったが、尺が足らなくなる(もう一展開なきゃなんかおかしいと視聴者が感じてしまう)原因は次の3つであるように思う。

・最終的な解決方法があまりにも途方もない

・主人公が成長しきっていないんじゃないかという懸念(問題点1)

・クライマックスとは思えない希薄な動機(問題点2)

実はこのアニメから感じる時間が足りていない印象は、すべて実際の尺とは関係のない、物語上の不備に起因している。だから、例えばあと2,3話足したところでストーリー全体が改善するかというと、絶っっっっ対にしないと思う。